BPD

BPD…

まさかまた悩まされることになるとは…

自分がBPDではないか、と疑ったのは18歳の頃です。
それで、関連の本を読み漁りました。
BPD関連の新書、文庫、医学専門書、
BPDを主題とした小説…(例:多島斗志之『症例A』)。
BPDだけでなく、解離性障害や他の人格障害、双極性障害、統合失調症に至るまで、裾野を延ばしました。

BPDとは、Borderline Personality Disorderのこと。
今日では境界性パーソナリティ障害と言われます。
かつては境界例、境界性人格障害と言われました。

もうすっかりそれとは縁が切れたと思っていました。
安定したパートナーとの生活がいちばんの治療薬で、
私は4年半安定したパートナーと一緒に暮らすことができたので、その症状(という言い方は好きではありませんが)は影をひそめておりました。
本棚に並ぶ関連の書籍は、全て古本屋に売りました。
もう必要ないと思ったからです。
もう私はBPDの呪縛から逃れ、生き生きと人生を生きられると思っておりました。

でも、これは影をひそめていただけで、蓋を開けたら出てきました。
真夜中にひっそりと現れる妖怪のように、いなくなったわけではなかったのです。

安定したパートナーとの離別によって、私はまたBPDの嵐の中に放り込まれたのです。
自覚はありませんでした。
しかし、周囲が言うのです。
「お前はBPDだ!」と言うわけではありません。
「お前は異常だ」と言うわけです。
考え方が、常軌を逸している、と。
家族全員が総スカンです。
私は実家にいても、こんな調子で村八分だし、
悲しい記憶ばかりが蘇ってきてしまうので、
大阪で長屋を友人とシェアして、避難場所としました。

避難場所では、私は落ち着いていられます。
自分の足でずんずん歩いていると、悲しい記憶も忘れていられるのです。
大阪の、きれいなだけでない、何層もの顔を持つ街を歩いていると、実に心地がよいのです。

今は、特定の人との濃密な時間があまり欲しくありません。
濃密な関係も、一瞬にして壊れてしまうかと思うと…
今はそれに堪えるだけの心の貯金がないのです。
街で、気軽に声をかけてくるおっちゃんおばちゃんらが、救いになるのです。

避難場所である長屋には、物があまりありません。
必要最低限以下の所有物で、何とかしのいでおります。
テレビもなく、静かですが、隣人の立てる物音が壁を伝わって聞こえ、それが妙に安心するのです。
私には防音壁は孤独を深めさせるだけで、必要ありません。
人の気配がするって、最高です。

これが、おかしいのでしょうか?
私の考えが一般常識から離れているなんて、今に始まった話ではありません。
だって私、水瓶座のAB型ですから。
エキセントリックで何を考えているのか分からないのが、基本性質です。
常識を疑ってかかる、のが、モットーとしているわけではないけれど、その嫌いがある。

異常だと言われるけど、
未だにどこが異常なのかわからない。
私の友人知人には、表現者の方が多いので、
みんな“変わっているのが普通”って感じの人ばかりです。
別段自分が変わっているとは思えない。
むしろ、時間や約束はきっちり守る律儀な性格な方だ。

だったら、異常だと言わず、病気だと言ってほしい。
それだったら、自ずと対処法は導かれるだろうに。
人間性が異常だと言われてしまうと、
じゃあ、生まれて来なければよかったんけ??
と、ヤクザ並みの暴力的思考で答えてしまうことになる。

確かに、安定したパートナーと暮らしていた期間にも、衝動的な行動はたまにあった。
25万もする着物を、販売員の巧みな心理作戦で買ってしまったり。
でも、それで不況の風吹きまくる呉服業界に募金できたと思っていたし、物事は良い側面と悪い側面双方を持ち合わせているものだと思っているので、自分なりに納得していた。
結局その着物は母親にあげた。

パートナーと暮らしている間も、発酵しすぎたパン種からぷすぷすガスが吹き出るように、BPD的側面が顔をのぞかせることはあったが、極端な行動に走ることは抑えられた。
そして、これこそがBPDの特徴なのだが、そのパートナーを神様のように崇拝していた。
私の観音様だと思っていた。
聞かされる方はたまったものではなかったと思うが、パートナーの美しさを熱弁していた。
それは自己愛のあまりの低さの裏返しなので、味方してくれる人、守ってくれる人は神様になれる。

私は、自分が異常だとは思わない。
三島由紀夫の豊饒の海シリーズの最終巻『天人五衰』で、
醜い女が自分は絶世の美女だと嘆いていた。
それは、周囲を変えることができないのなら、
自分の考えを変えてしまうという対処法であった。
自分が醜い事実は変わらない。だったら、自分で自分は美しいことにしてしまおう。
自己の正当化である。それでその女は発狂を免れた。
いや、醜いのに美しいと言っている時点で、周囲からは狂女扱いされていたが。
私も、そんな感じなのだろうか。

いやはや、わかりません…

これに答えられる人なんて、いるのであろうか。
世の中の善悪は不確かなもので、価値観など人や時代によって変わるものなのに…

「多様な価値観を認め合う」という理念が、
21世紀に必要なものとされているんじゃなかったっけ??

行き詰り感満載の現代。
みんな行き詰りながらも、活路を見出してなんとか生きていると思っていたが…
その考えすらも、おかしいのであろうか??

あんまり混乱させると、もっと深刻な病気になっちまうよ…

パートナーと離れたことで、私は心の糸がすぐにでもブチ切れそうな状態である。

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シェアとノマド

アウンサンスーチーさん、素晴らしい方だと思います。
大統領職への意欲を表明し、今週話題となっています。

今から25年前、イギリスはオックスフォードで研究生活を送っていた夫婦。
その生活を激変させたのは、一本の電話でした。

その電話は妻の母親の病気を知らせるものだった。
介護のため、妻は祖国ミャンマーへ。
妻の名こそ、アウン・サン・スー・チー。
その際、軍事独裁政権との闘いに身を投じる決意をしたのだった。

夫のマイケル氏はオックスフォードのチベット研究者である。
結婚前に妻からこんな手紙をもらっていた。

「ひとつだけお願いがあります。
もし国民が私を必要としたときには、
私が彼らのために本分を尽くすのを手助けしてほしいのです。」

夫妻は引き裂かれる。
夫は妻が民主化運動に身を投じるのを、影ながら支えるのである。
マイケル氏は愛妻が民主化を勝ち取るのを見ぬまま、1999年に永眠した。

引き裂かれながらもしっかりと繋がる夫婦愛。
スーチー女史の半生はこんな映画にもなっています。
『The Lady アウンサンスーチー 引き裂かれた愛』
興味深いです。

長い前振りでした。
本題に移ります。

民主化運動の旗手・アウンサンスーチー女史。
21世紀の今でも、軍事政権が実権を握っている国はあるのです。
全体主義を脱して、民主化するのは、避けることなき時代の流れであると感じます。

しかし、民主化すれば、別の問題が浮上することを忘れてはなりません。
(スーチー女史が忘れているはずはありませんが…)
それは、既存の社会システムが機能しなくなるという点です。

民主主義が浸透した社会では、常に個人の自由が優先される。
個人の自由が肥大化すれば、社会が押さえつける力が弱まるということです。
それが、民主主義。

もちろん、個人の自由が保障された民主主義下でも、
社会からの抑制は必ずあります。
それは人が社会的動物である限り、永遠に付いて回ることです。

私は、なんとなく自分が結婚に難航しそうだぞ、という個人的な意識から、結婚についてつらつら思考を巡らしていたら、
民主主義と既存の結婚制度は、どうもかみ合わない部分があることに気がつきました。
(本ブログ記事「結婚制度はなぜ機能しなくなったか」及び「自由と婚姻」参照)

社会の大屋根である国家は、その規模を把握し運営するために、小さな社会がどのように存在するかを管理しなければなりません。
都道府県、市町村、そして、最終単位が“世帯”でした。
つまり、一夫一妻制を軸とした家族です。

現在、それが崩れ始めているのです。
民主主義と既存の結婚制度がなぜ折り合わないかについては、拙記事「結婚制度はなぜ機能しなくなったか」に書きましたので、物好きな方はどうぞ。

民主主義が浸透すれば、「好きな時に、好きな人とつながりたい」という自由は当然出てきます。
それは民主主義が浸透した社会では“当然の権利”となります。
現在の「恋愛結婚」では、恋愛が成就した人しか結婚できない仕組みになっておりますし、かと言って、今さら全体主義・封建制度・軍事政権下の頃のように、社会が強制するからといった理由で親の決めた相手と結婚するなど、民主主義下で育ってきた者には受け入れられません。

(我々の親世代が恋愛結婚できたのは、その当時はしっかりしていたごく狭いコミュニティ内、つまり学校や会社内に限定された恋愛であったのです。
民主主義の発展途上中だったとも言えるでしょう。
既存の社会制度が変化してきた現在とは、様子が異なります。)

結果として未婚化・非婚化が進行します。
そうなると、想定していた社会制度が機能しなくなる。
よって、行政の側も結婚してもらわなければ困るし、
親世代も結婚がいちばんの保障のように思っている節がありますから、適齢期の子どもたちに結婚を期待します。

しかし、時すでに遅し。
民主化がこれほどまでに進んだ段階では、既存の結婚制度は機能しなくなり、社会の最小単位も、“世帯”から“個人”にならざるを得ない。
既存の社会制度が機能しなくなりかけているのならば、新しい価値観を創造しなければならない。

次なる価値観とは何か。
それは既に登場しています。
ネットの発達により、人はますます孤立化し、その反面、自由になりました。
個人がネットと言う社会を持つようになったのです。
その世界では、属している社会から自由になることも可能です。
普段は会社に属し、個人の自由を押し殺していても、ネットの中では自由です。
厳しい親がいても、ネットの中では自由に友と語らうことができます。

そのネットの世界は発達し、今やソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)、クラウドコンピューティング、ノマドワーカー、と言った新しい概念が次々と飛び出してきている。
ほやほや赤ちゃんのように、登場して間もないそれらを危惧する声も見られますが、明らかに社会は“孤”であることに向かっている。
自由を保障するために、“孤”になるのです。
既存の社会には属さない。
既存の社会に属さない人が増えれば、既存の社会は姿を消してゆきます。
栄枯盛衰、時代の流れです。

でもいくら人間が孤立化しても、人間は群れます。
人間は自己と社会との折り合いを付けながら、ずっと生きてきたのです。

“ノマド”とは遊牧民の意。
定住しない様から、会社等に属さない働き方をノマドワーカーと呼びます。
結婚しない人が増えたことも、“ノマド化”であると私は思います。
社会の最小単位であった家庭に属さない。“ノマド化”です。

ノマドは土地も所有しませんし、家も移動可能式だったりします。
所有の概念が、農耕の民とは異なります。
しかし、人間がこの地球上に土地を借りて生活していると思うと、
たとえ土地を所有していたとしても、それは借り物に過ぎないのです。
よく、“地球は未来からの借り物”という言葉がエコロジーの謳い文句で言われますが、それはその通りだと思います。
自分の土地も、家も、
妻も、夫も、友達も、
みんな自分の所有物ではないのです。

しかし、その“ノマド化”した人たちも、ひとりでは生きてゆけない。
そこで、“シェア”という概念が登場します。
SNSでの情報シェア、シェアハウス、ルームシェア、古いところではワークシェアもありました。
グループホームは類義語です。高齢者世界の方が一歩先を行っていたか。
“ノマド”化した個人が“シェア”することによって社会とつながる。
“シェア”は“ノマド”化した個人のセーフティネットなのです。

結婚せず、家族を持たなくても、シェアハウスで共同生活する。
会社に属さなくても、クラウドを駆使してノマドワークする。
そんな生き方が現れたのは、日本が十分に民主化した社会だということを表しています。

多様な価値観を認める民主主義。
既存の価値観も、いいところはたくさんありました。
しかし、世の流れには逆らえないのでしょう。

“ノマド”や“シェア”といった新しい価値観も、永遠ではありません。
それらはますます重要性を増し、体系化するでしょう。
そうなると飽和します。
そしてまた、新たな価値観の登場を呼ぶ。
その繰り返しなのでしょう。

とは言え、今現在に“ノマド”と“シェア”という概念は注目せざるを得ない。
これから社会はどのように変化して行くのでしょうか。

軍事政権下の国民は、自由を切に望みます。
しかし自由を手にした民衆は、今度は孤独の壁にぶつかる。
人間とは、いかに望んだ状況を手に入れたとしても、
新たな問題が浮上するように作られているのです。
一生悩み続けるし、問題が全くなくなった状態はあり得ません。
永遠のループの中、人間は知恵を駆使して生き延びなければならないのです。
思考停止せず、考えて、納得して、生きてゆくのが人間の使命なのだと思います。

スーチー女史の話に戻りますが、
女史は著作『自由・自ら綴った祖国愛の記録』にて、こう記しています。

「ときどき、何らかの事情や国の問題によって、私たちの間が引き裂かれてしまうのではないかと恐ろしくなることがあります。」

「二人ができる限り愛し合い、励ましあっていれば、最後にはきっと、愛と思いやりが大きな勝利を収めると思います。」

これは女史が25歳前後の記録です。
スーチーさんほどの女傑が、こんな不安を漏らしていたのです。
彼女も女性だったのか、と、怖れながらも親近感がわきました。

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自由と婚姻

不毛なことばかり書いているのだけど、
乗ってるうちに書いてしまおう。

前々回の記事で結婚制度はなぜ機能しなくなったのかを述べたが、
今回は解決策を案じてみたいと思う。

現在、結婚の利害関係において、女性側に利の比重が置かれていることは、前々回述べた。
よって、解決策としては、男性側に利が生ずるような仕組みにすればよいのである。

行政が結婚した男性に結婚一時金として、手当てを与えたらどうだろうか。
そして、十年結婚生活を継続できたらまた手当…と十年単位で手当てを与える。
これなら婚姻率は上がるかもしれない。

しかし、火の車の国家予算にそんな金は余っていない。
ならば、どうするか。

結婚基金として、結婚したい未婚男女から、基金を募るのである。
一口一万円くらいから。何口でも可。
それで、結婚できた男女から、保険を下すように賞金を与えるのである。
それなら掛け捨ては損、と、婚姻率は上昇するであろう。
結婚紹介サービスを利用することを思えば、こちら方がお得感があるだろう。

何ともロマンのない案で申し訳ない。
結婚は、愛と性とお財布の人身売買である。
地に足を着けた者から、早く結婚してゆくものなのかもしれない。

でもやっぱり、民主主義の考えが染みついた今、
婚活パーティーに精を出すのは、何だか無理がある。
行ったことはないけれど、あの場にいたら、否が応でも値踏みされる。
きっと、ここに居てすみませんっていう気になるんだろうなぁ。
あれは、人権侵害にならないのだろうか?
結局、人の生き方や存在そのものを抑圧する力は無くならないのだから、人権云々という考え自体が不毛な気がしてくる。

まだ民主化が進んでいない他国では、民主化運動が盛んだが、
民主化したらしたで、違う問題が浮上することを忘れてはならないと思う。
民主化したら、それでハッピーエンド、万万歳ではないのである。
人間はどんなに状況改善を願っても、まるで病原菌ウイルスと医療技術進歩との止むことのない闘争のように、問題がなくなる日は永遠に来ないのかもしれない。
だからこそ、知能を持って人間は生きているのかもしれない。

個人の自由と子孫繁栄・コミュニティの維持は、折り合いを見せるのか。
地域社会のコミュニティが失われて久しいが、
今度は国家レベルでの維持が可能かどうかという段階にまで差し掛かっている。

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演歌の神髄

テレビでふと、石川さゆりが『飢餓海峡』を歌っているのを耳にしてから、飢餓海峡を口ずさんでしまう私です。
いや、熱唱しています。

こんな歌に心酔しているのを家族に知られると、今まで以上に外出制限がかかるので、内緒にしなければなりません。

演歌は往々にして悲恋の曲。
これを熱唱できるようになるには、同じような経験か、そのような傾向が必須のようです。
そして悲恋を経験してこそ絞り出せる声があるということも知りました。

自身のメンヘラぶりを露呈するようで恥の骨頂なのですが、
幼い頃から演歌が好きでした。
あの切ない歌詞。
なぜか子どもなのに、その切なさは理解できました。それが具体的に何を指すのかは分からなくても。

たぶん最初に覚えたのは坂本冬美の『夜桜お七』でした。
衝撃なのはその歌詞でした。
演歌なのに「ティッシュ」という言葉が登場する。
そしてイントロの煽情的だけれども抑圧的なメロディー。
それがエロスを感じさせるとは、子どもの私は知りませんでした。
今になって歌詞を見直すと、これは20歳の女性の経験のようです。
「抱いて抱かれた二十歳(はたち)の夢のあと」
ずいぶんおませな女性です。
情熱的な女性は往々にしておませなのです。

そして私は中学の時には『津軽海峡冬景色』を熱唱する女子に成長しました。
それから『雪國』と、演歌のレパートリーは増えます。
雪の中、好いた男を追っかける心情は、痛いほど理解できました。

そして最近夢中の『飢餓海峡』。
この歌詞を見てみましょう。女心を如実に捉えています。

ちり紙(し)に包んだ 足の爪

後生大事に 持ってます

あんたに会いたくなったら 頬っぺにチクチク刺してみる

愛して 愛して 身を束ね

たとえ地獄の果てまでも

連れてって

ああ この舟は 木の葉舟

漕いでも 漕いでも たどる岸ない

飢餓海峡

足の爪でも、その人を感じられるものを大事に持つ乙女心。
地獄に落ちてもいいから、一緒にいたい。
漕いでも漕いでもどこにもたどり着かない木の葉舟が、不安な女心を象徴しています。
あ~~、ええ歌や~!
二番もついでに。

一夜の逢瀬で わかります

口は重いが いい人と

遣らずの雨なら よいけれど

泣いてるみたいな 恐山

殺して 殺して 爪たてて

首にあんたの 手を巻いて

連れてって

ああ この海は 赤い海

漕いでも 漕いでも 戻る道ない

飢餓海峡

私は関西弁で軽薄にべらべらしゃべる男性が好きなので、無口な人はあまり好みません。って、聞いてないですよね。
「遣らずの雨ならよいけれど 泣いてるみたいな恐山」
ここの真意が分かりかねるので、知っている方はお教え願います。
「殺して殺して爪たてて 首にあんたの手を巻いて 連れてって」
失楽園的です。
女ならその絶頂で死にたい。愛する人と繋がったまま死にたい。終わりが来るのが恐ろしく怖い。誰でもそう感じる可能性を秘めた真理を突いています。
赤い海に漕ぎだした以上、もう戻れない。女の情熱に火が点くと、もう後戻りはできないのです。そのまま修羅の道へ…

火が点いた女の情熱への対処法は、三つほどあります。
①セックスの絶頂で死ぬ
②好きな男の子どもを産む
③夜な夜な、とっかえひっかえでもセックスに耽る
どれも建設的とは言えませんが、火を消すのは本当に難しいのです。いっぺん死ななきゃ消えない!と思うくらいです。だから、嫁入り前の娘の貞操には心を砕いていたのね。火が点いたらお終いだから。
火だるまのように迫りくる女の情熱を持て余して苦しんでいる人はたくさんいると思います。

何も渡辺淳一の小説世界だけではありません。
阿部定事件が起き、大島渚の『愛のコリーダ』が今でもカリスマ性を持つのは、そこに女の極みのようなものが描かれているからでしょう。
恥ずかしながら私、愛のコリーダの仏題をかつてメールアドレスにしていました。驚かせたフランス人の友人たちよ、ごめんね。
『愛の流刑地』を映画で見た頃、本当にはまっていたんだよ~

しかし、演歌もバロック的だよな~と思います。
日本的な歌謡曲なのに、演奏はオーケストラ。西洋楽器を用います。時にはエレキギターも。
演歌の成り立ちも、結構新しいのです。
フランスのシャンソンに影響を受けているとかないとか。
演歌って、実はそんなに古臭いものではないのかもしれません。

女の火だるまに突き動かされるようにして、子宮を絞り込むようにして歌う演歌歌手って、本当に色っぽいな~と思います。
歌っている本人は、偶像である自己との葛藤に常に悩まされていると思いますが。

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結婚制度はなぜ機能しなくなったのか

今回は、全く結論の出ないテーマに敢えて切り込みます。
切れない包丁で皮の厚いトマトを切るような感じです。
一個人が意見を発する自由を有するのが民主主義の原則ですから、こんな私でも論じてみたいと思います。

なぜ、現代において結婚制度が機能しなくなってきているのか。
結論を言うと、現代の結婚制度が、女性側への利に比重が偏っているからです。

そして民主主義と男女平等の教育が生んだ、弊害のひとつとも言えるでしょう。
今や結婚制度の根幹が揺るがされているのです。

私は結婚を否定する立場ではありません。
機会があれば喉から手が出る勢いでしたいし、未婚女性の多くがそう思いながら、日々枕を濡らしながらも健気に堪えていることでしょう。
致命的な傷を負って結婚制度自体に懐疑的であるとか、キャリアウーマンでもないのに負け犬の遠吠えしたくなるとか、そういう気持ちも無きにしも非ずです。
みんな、生まれてきた意味を探し、孤独に堪えながらも明日への一歩を踏み出す一個人ですから。

でも、結婚をしなくなるとなると、結果的に出生率が下がり、計画していた社会制度が維持できないので、必死に結婚させようとする側がいるのも事実。
今や結婚は様々な思惑渦巻くビジネスと化しているのです。

とは言え、結婚が利害関係を主軸としたビジネス的な要素を持つのは、古代からそうでした。今に始まった話ではありません。

婚活パーティーやそれに関することは、今や行政がセッティングするほど盛んだったりします。
それほどまでに結婚したい男女が溢れかえっているのに(割合としては女性の方が多いでしょうが)、どうして全員が幸せになれるわけではないのでしょうか。
それを、以下探ってみたいと思います。

人間の性行動は、性的に強い抑圧を感じていない場合、以下の三つに分けられます。
①やれる相手なら誰でもいい
②やった相手はみんな恋人
③恋人(好きな人)以外とは絶対にやりたくない

どうでしょう?
ほとんどの女性(特に若い女性)が「当然③じゃない!」と思ったはずです。
だって我々は、民主主義と男女平等の教育を受けてきたのだから。
そして、我々の親世代(六十代~五十代くらいか)は、「ロマンチック・ラブ」と「恋愛結婚」のイデオロギーの中結婚して家庭を築いてきた人たちです。
しかしその価値観は、ちょっと前に成立した概念で、それが脈々と続いてきたわけではありません。
でも、親もそれを進めるし、その子どもたちも「できればそうしたい」と思っているのが事実です。

実際にお見合いをするとしましょう。
お見合いをする前までは、「それで結婚できるのならば、出会いが“お見合い”というだけで…」と思います。
あるいは、自分か先方の親が勧めてくる場合。うちの息子が嫁さん探してて…、いや~、うちの娘も…というパターン。
いざ、会ってみる。
あれ、違う…と思う。
それはなぜか。
自分で選んでいないからです。
我々は、自分の進む道は自分で選択するよう教育されてきた。
いくら日本の教育制度がエスカレーター式な側面を拭えなくても、そのような民主主義教育がなされてきたのです。
そして、男女平等教育。女も立派に自分で相手を選ぶ権利が生まれたわけです。
お見合いという形態は、民主主義と男女平等教育を受けてきた世代には、受け入れられない形態なのです。

なぜ一昔前は、「お見合い」や「親の紹介」が機能したのでしょうか。
それは、人間の歴史が、「やれることが重要」に偏ってきたからです。上の①やれる相手なら誰でもいい。
つまり「私は“やりたい”と思う」という欲望の大原則を認めていたのです。
しかし、それをすると、今度は人格が否定される。
「やれるなら誰でもいい」となると、相手の気持ちは無視されます。

話が逸れますが、“性犯罪”という概念は、意外と新しいものだったのです。
それは①やれるなら誰でもいい という側と、③恋人(好きな人)以外とは絶対にやりたくない という側の組み合わせのみに起こります。
「あんたはやりたいかも知れないけれど、私(俺)はやりたくないんだよっ!」というパターンに際して、犯罪とされる。
それが近代の例に習って「犯罪」とされてしまうと、①やれるなら誰でもいい 側に抑圧がかかります。
また、近代以前の欲望の大原則が認められたならば、③恋人(好きな人)以外とはやりたくない 側が抑圧されます。
でも、長い歴史の中では、後者のパターンが社会通念としてあったのです。

つまり、「やれることが重要」だったので、相手は誰でもよかったのです。それで、お見合いや親の紹介が罷り通った。
そして、「結婚するからにはセックスをする、セックスをした以上は好きになる、そうして親の所属する社会が割り出した“夫婦”という単位をつつがなく演じ通す」という予定調和が大前提として存在していた。
しかし、それでは個人の自由は抑圧されている…ということで、個人の自由を認める社会になるよう、先人たちは奮迅したわけである。
それで、民主主義と男女平等の時代を生きている私たち。お見合いや親の紹介は機能しなくなりましたとさ。という話でした。

そして、冒頭で結論に挙げた件ですが。
家の事情で結婚する必要がなくなりつつある現代の若者。
そうなると、結婚による利害関係は、女性の側に利の重きが置かれるようになるのです。

妊娠・出産に際しては、それを抱え込んだ女というのは、本当に弱い立場にあります。
妊娠中の体調の変化を抱えながら家計を支えるのは並大抵の努力ではありません。無理をすることが流産の第一原因ではありませんが、それで無理して流産しようものなら、心身へのダメージは並々ならぬものです。
そして出産に際しては、どうしても働けなくなる期間ができてしまいます。トラブルがあり適切な処置を施さないと命に危険が及ぶこともしばしばあります。出産後入院ともなれば、その入院費であるとか、その間の経済的な問題は、バックボーンなしでは賄えるものではありません。
つまりその間の経済的・精神的支援のために、パトロンがいなければどうにもならないのです。
出産後の育児も、ひとりで子どもを育ててゆくのは経済的にも精神的にも辛いものがあります。
それで女は結婚しようとするのです。
これは人間が先天的な難産であることと、高い知能を有したが故に大人になるまでに年数がかかるという、人間であることの宿命により、如何ともしがたい事実なのです。

対して男性側にはどんな利があるのでしょう。
相手の女性の実家が金持ちで、事業を興す際に支援してもらえるとか、学業研究を継続するための経済的支援が必要である際は、男性側にも利があります。
あるいは、よっぽど子ども好きで、なんとなくパパになりたい人。
結婚するのが当たり前だから…と利害関係をあまり考えない人。
ここらで結婚しておかないと、社会的に体面を保てない人。
この女性はかなり賢いから、一緒にいたら得をしそう(稼いでくれそう)。
長い人生大変なことも多いから、糟糠の妻が欲しい…。
結婚する男性というのは、おおよそこんな感じでしょうか。

「自分の遺伝子を持つ子孫を、この女にこそ産ませたい!だから結婚!」みたいな男性は、そんなに多くないでしょう。
自分の子孫を残すことを目的にしなければ、上記のような理由がない限り、男性側に利はあまりありません。

男性側と女性側の利害関係が一致したときに、はじめて結婚は成立します。
しかし、雇用状況の悪化等々で、男性側も女性ひとりを養ってゆくことは難しくなりました。いはんや子どもをば。
女性もしっかりと働く時代になりましたが、完全な男女平等は無理があると企業側も女性個人も悟りました。
これは、女性が産む性でなくならない限り、消えない課題です。
経済的な理由は散々述べられているので、この辺りにしておきましょう。

次は、性的な事情です。
結婚後セックスレスになるカップルは、実に多いです。
それは、なぜかと言うと、男女の根本的な性の違いによるのです。

女の私が男性について言及するなど、失礼極まりないし、見当違いなことを言っているかもしれませんが、ご容赦ください。これを検証しない限り、解決策は見えてこないのでお許しを。

男性は、その性に目覚めた頃から、周期的に訪れる性的欲求(リビドー)をどう処理するかで悩んできました。
女性が一ヶ月単位で周期を繰り返すのに対して、男性のそれは、一日のうちに何度か周期的にやってきます。
思春期の男の子たちは、このリビドーの処理を何とかこなしながら、受験勉強に勤しんでいたのです。
このリビドーは男性に理性を失わせます。これに屈しては社会的体面を失うこともあります。時として理性の抑制が利かなくなった男性が、性犯罪とかセクハラでお縄にかかるのは、このリビドーのせいなのです。
だから男性は、自身の性的欲求を水面下に押しやってきた。アンダーグラウンドな世界にのみその欲求を爆発させて、社会生活は何食わぬ顔で送るのです。それが、多くの男性がやってきた生き抜くための知恵でした。

よって、男性は日常と性的欲求が結びつくことがありません。
ここが、日常と性的欲求を続けて考えられる女性とは異質な部分です。
だから結婚という日常の中で男性が妻に性的欲求を感じなくなるのは、決して妻が魅力的でないからではありません。妻よりも外見的に劣る女性と不倫するという話はよくある話です。嫉妬に狂いそうになったら、男性の根本的な性について、よくよく自戒するのがよいでしょう。

男性は結婚によっても、性的には満足できない。
かつては結婚ぐらいしかセックスをする方法がなかったので、しぶしぶ結婚していた男性たちも、性産業の発達、個人営業化する遊郭(エンコーというやつです)、セックスレスにより不倫に走る人妻、未婚女性の増加によって、性のセーフティネットが張られている現代では、結婚しなくなりましたとさ。こういう話でした。

長くなってきたので、そろそろ終わりにしたいのですが、
最後に、男性の草食化について。
これは、まさしく時代を象徴しています。
彼らは性的欲求が弱まったから草食化しているのではありません。
男性は、自尊心が傷つくと性的に機能するのが難しくなるのです。これほど男女平等が進んで、男だからと威張れる時代ではなくなった今では、その弊害はここに及びます。
草食男子は、自尊心を守るために確固たる意志を持って登場したと言ってもよいでしょう。それが、彼らの見せる“漢気(おとこぎ)”なのです。

しかし男性が草食化すると、太古からの意思をなかなか曲げない女の子たちは余ります。
それで、まだギラギラしている既婚男性の餌食に…という事態に。
その既婚男性も、非日常の恋がしたいだけで、その女の子の面倒を見てくれるわけではありません。
女の子は安い給料で買いたたかれ、今日も孤独と戦うのです。

ああ、現代における結婚論争が、決着を見せる日は…
多分来ない。

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茶室をめぐる冒険

実は、茶の湯が、キリスト教のミサに影響を受けているという説があるのです。

具体的な根拠に欠けているので、大っぴらには発表できないそうですが…
もしそうだとしたら、ものすごくわくわくしませんか?

西本願寺境内の庭園・滴翠園に、飛雲閣という建造物が建っています。
飛雲閣の最上階に「摘星楼」という展望台があります。
こちらの摘星楼の床柱が、すごいのです。
ねじれた自然木がまるで血管のように、おどろおどろしい形相を為している。
この床柱を見て、ヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂の祭壇で天蓋を支えるねじれ柱を連想した人がいる。

ねじれ柱の原型は植物の蔓。
その生命力にあやかろうと、そのモチーフはあらゆるところで用いられている。
木にまつわる信仰や伝説は世界各地に見られ、それは生命力の象徴としての共通概念がある。
旧約聖書の創世記で、アダムとイヴの追放された楽園に生えていた木を「生命の木」と呼び、キリスト教美術では重要なモチーフとなっている。

また、聖堂のねじれ柱に囲まれた空間は、
パンと葡萄酒をキリストの体と血に変化させる場所でもある。
カトリックでは、その儀式のことを“ミサ”という。

話を摘星楼に戻す。
摘星楼は建物の最上階にあり、とても小さくこじんまりとした空間で、船のキャビンのようだ。
この船とは、戦国時代にスペインの植民地であるマニラから来ていたガレオン船のことである。
茶の湯とは、そのキャビンで行われていたミサの作法に影響を受けているのではないかというのが、この説なのである。

この摘星楼の空間とねじれた床柱を見ると、
茶の湯とガレオン船上のミサの関連性を想起させるというわけだ。
言われてみると、器を回したり、拭いたりするところも、ミサと所作が似ている。
司祭が聖杯を拭く場面は、茶の湯にそっくりかもしれない。
実に大胆な説である。

ガレオン船の来日は、茶の湯の始まりと時代的にリンクする。
堺の商人たち、あるいは武将たちがそれを見て、アレンジしたと考えても不思議はない。

安土桃山から江戸初期にかけて、日本で豪華絢爛な表現が開花したのと、西洋でバロックが興隆したのは、まさかの同時代である。
実は西洋と日本を繋ぐ架け橋は存在していた。
これは偶然ではない。

そしてその時代、伊達正宗の家臣、支倉常長という男がいた。
支倉はメキシコに渡り、スペインとの交流の懸け橋となった人物だ。
スペインに渡り、ローマで教皇に謁見した。
マルセイユでは支倉ら使節団一行の落としたちり紙を大事そうに拾うフランス人たちがいた、という逸話も残されている。(当時ヨーロッパでは紙が貴重だった。)
また、スペインの教会には、安土桃山時代の日本から送られたのではないかと推測される蒔絵の宝物箱が残されている。
西洋が日本に与えた影響だけでなく、日本もまた西洋に影響を与えていたのである。
異文化交流とは、そういうことである。

神戸市立博物館に所蔵されている、狩野内膳の『南蛮屏風』がある。
ここに描かれえいるガレオン船の上では、なるほど、一見茶の湯のように見えなくもない、南蛮人たちのくつろぎが垣間見える。

日本と西洋は、思いの外繋がっていた。
まるでマーブル模様を描くように、異文化が混ざり合ってゆく。

昨年4月に、神戸市立博物館で開催されていた「南蛮美術の光と影」展に赴いた。
展覧会の目玉は『泰西王侯騎馬図屏風』である。
モチーフは異国の王たち。当時日本には存在しなかったアラビア種の馬に跨っている。
西洋風の遠近法や陰影法が用いられつつも、配色の指示は和名で行われていたことが最新の科学調査で明らかになった。
これは、キリスト教布教のためにスペイン人宣教師らが開設した学校、セミナリオにて絵画技法を学んだ日本人絵師たちの手によるものではないかと推測されている。
このごちゃまぜ融合具合も、前回の記事のバロックに通じるものがあると感じる。

茶の湯に話を戻すと、
茶の湯大成の祖は千利休と言われるが、
面白みを加えたのは古田織部だと思う。
古田織部は、多分に南蛮文化の影響を受けていると思われる。
織部の妹婿は、キリシタン大名で名高い高山右近であった。
教科書に載っているザビエル像は、この右近の所縁で、大阪茨木市の隠れキリシタンの里に長らくあったと言う(現神戸市立博物館蔵)。

古田織部と言えば、織部焼だが、
焼き物のモチーフにもハートやクルス(十字架)が用いられていたりして、南蛮文化の影響を感じさせる。
戦国武将たちは、織田信長や豊臣秀吉を見ても、南蛮文化にかぶれていた時期があった。
伊達正宗などは、スペインと同盟を組んで、徳川家康に対抗しようとしていたのかもしれない。
もしそうなっていたら、日本は“極東スペイン帝国”なんかになっていて、歴史がずいぶん違ったものになっていたかもしれない。

茶の湯には今でも、南蛮・島物は用いられる。
かつて『黄金の日日』という大河ドラマが放送されていたが、
それはフィリピンとの貿易を営む堺の貿易商の話であった。
日本は鎖国の時代が長く続いたが、島国なりに諸国と貿易を行っていたのである。
茶の湯で言う南蛮・島物は東南アジア由来の品。
極めて日本的とされる茶の湯文化も、成り立ちが異文化ミックスなのである。

日本ってなんだろう。
あらゆる文化がミックスされ、それが洗練された国だと言われる。
私はこの国の融合上手、継ぎ接ぎ上手を、
山積みの問題を解決する糸口であるように思い、参考にしたい。

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バロック天国ニッポン

バロック。
それは宝飾用語で「歪んだ真珠」を指す。

そして、美術における表現様式では、16世紀末イタリアに現れ、17世紀から18世紀にかけてヨーロッパ中を席巻する。

急に美術の話です。
実は私、美術が専門分野なのです。
最近は黙っていましたが。

今日のお題は、「ニッポンのバロック」。
日本って、実はかなりバロック的よね、というお話です。
侘び寂びだけが、日本の文化ではない。
幽玄で静的なものだけが、日本の文化ではない。
ごちゃごちゃして、生命力にあふれていて、何だか悪趣味なのも、日本文化の醍醐味です。

日本文化って、ごちゃごちゃしてるの?と思われるかもしれませんが、街を見渡してください。
とってもごちゃごちゃしています。
とってもアジア的なのです。
日本文化の特徴は、外国の文化を取り入れて、うまく日本流にアレンジしてしまうことと言われていますが、それが如実に表れているのが、日本の街並みだと思うのです。

閑話休題。

『千と千尋の神隠し』という、スタジオジブリのアニメーション映画があります。
あれに出てくる風呂屋・油屋。
ちょっとすごいですよね。
緑の屋根に、赤い壁。
インテリアもすごいです。
超悪趣味です。
あれって、日本?と思ってしまいます。(設定はどこか知りません。)
でも、妙に親近感を覚えませんでしたか?
都会の洗練された建物ではなく、
地方の、ちょっとあか抜けない料亭のような。

あのごちゃごちゃ感こそ、バロックなのです。
バロック的なエネルギーと言ってもよいかも知れません。

ミニマム芸術の集大成でもあるような、wabi sabiの茶室に美を感じる一方で、
我々日本人のDNAには、あか抜けずもっちゃりとして仰々しい「バロック」に親近感を覚える何かが刻印されているのではないか。

個人的に、日本一バロック感あふれる街並みと言って思い出されるのは、
大阪・ミナミの繁華街です。
有名なかに道楽をはじめとした巨大立体看板に、グリコの電飾看板。
かと思えば、村野藤吾設計の旧・大阪新歌舞伎座。
この歌舞伎座自体、日本的バロックを醸し出しています。
装飾を可能なまでに省いたビルがあると思えば、旧時代の遺物のような建造物が顔をのぞかせる、なんとも不思議な街です。

さて、日本にどのようなバロック建造物があるのか、見てみましょう。

有名どころは、
日光東照宮、
姫路城、
ってとこです。

この二者に通じるのは、本来の機能から外れてテーマパーク化している、ということ。
日光東照宮は、本来は霊廟であるし、
姫路城は、言うまでもなく、城塞です。
しかし、日光東照宮は、多くの民衆に足を運んでもらい、江戸幕府開府の祖・家康様への信仰を高めることを目的としたテーマパークである。
並びに、姫路城も、完成は戦乱の世が終結した江戸初期であるから、最早城塞としては機能していない。見せびらかしのための、城なのです。

デズニーランドと同じなのです。
そうとなれば、江戸のテーマパークと言われた吉原遊郭も、バロック的なのかもしれません。
日光東照宮に鎮座する、言わず・見ざる・聞かざるの猿たちも、眠り猫も、黒いネズミのキャラクターと同じくらいかわいい…と思う。
大衆にわかりやすいという点も、バロックの一要素です。

続いて、箱根の富士屋ホテル。
これも、洋風なのか、和風なのか、全く分からない融合感が、酔いを引き起こしそうです。
これは設計を創業者自身が手掛けている。素人が舵を執ると、バロックスパークするようだ。

庶民派バロックに移ろう。
大阪・飛田新地の鯛よし百番。
かつての遊郭が、今は料亭になっている。
なんと内部には陽明門がある。なぜに陽明門??
現世から快楽への扉なのだろうか。

京都・紫野の船岡温泉。
タイル装飾と、無礼なまでに緻密な欄間が、この世のものではない気持ち悪さを醸し出している。
同じオーナーが手掛けた西陣の旧・藤ノ森湯(現・カフェ、サラサ西陣)も輸入のマジョリカタイルがふんだんに使われている。
商売で儲けた金を湯水のごとくつぎ込むエネルギーも、バロック的だ。

そして、神奈川にある老舗ラブホテル・迎賓館。
こちらはなんと、船大工に造らせた屋形船が部屋にしつらえてある。あんぐりしてしまう。
かつては実際に水に浮かべ、鯉も泳がせていたそうだが、カップルが船酔いするので廃止された。

図がないのが申し訳ない。
知っている人は、うんうん、と頷いてください。

今まで見てきたように、なぜかバロック的な建造物には、死やエロスが関係する場所が多い。
霊廟に遊郭、ホテルに風呂屋。

先述の富士屋ホテル。
創業者の山口仙之助は、横浜の神風楼という遊郭の出身だった。
この神風楼、伊藤博文や野口英世も行っていたほど、有名で高級な憧れの場所だったのです。
富士屋ホテルが遊郭っぽいのも、その影響だと言われています。
また、二代目の山口正造の父は、東照宮で雅楽の笛を吹いていた。
正造は富士屋ホテルの山口家に婿養子に入ったのです。
東照宮という「死者の町」の笛吹き男の息子が、遊郭出身のホテルにやってきた。
二代目・山口正造は建築道楽で、感性のままに新館を増築する。昭和11年、開戦前夜のことである。死の匂いがしてくる時代である。
やはり、死とエロスは、バロック力を高める最大の力となりそうだ。

生命のもがきの、何とも言えない見苦しさ。
バロックの神髄は、そこにあるのではないか。

『千と千尋の神隠し』では、夜になると油屋に、異形の客がやってくる。
異形の客が、夜にぞろぞろと、バロックな風呂屋に集まってくる。

きれいなだけでない世界、異形の世界を、
霊廟や遊郭といった「あちらとこちらの橋渡し」的な場所が、
バロック力いっぱいに、見せてくれるのだ。

次回は、バロックと茶の湯の意外な関係、南蛮美術について述べようと思う。

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不完全

万事が表裏一体ですよね。

ネット用語で、精神的に病んでる人のことを、“メンヘラ”と呼ぶようですね。
知りませんでした。

仮想世界のネットでどうこう言われていることに一喜一憂するのもどうかと思うのですが。
自尊心が許せないラインにちょこっと触れたので、一言書かせていただきます。

メンヘラの女は危ないとか、メンヘラうざいとか。
いろいろ叩かれています。

身体に障がいを持つ人に対して差別的な発言をするのは見られなくなって久しいですが、
精神に障がいを持つ人に対しては、ずいぶん厳しいのですね。
ごもっともなのかも知れませんが。

ただ、女性の多くは、メンヘラ的要素を持つものだと思います。
女性はその身体の構造上(ホルモンの影響上)、不安に陥りやすいし、比較的心身症になりやすい。
依存症も実は女性の方がなりやすいし、
これは、女として生まれた故の宿命だと思っています。

一体女性のうちどれほどが、自分はメンヘラではない!と断言できるのでしょうか。
ほとんどの女性が、鬱状態を経験するし、自分では如何ともしがたい不安に襲われたことがあるでしょう。結構な頻度で。
これは、女性だけに限りませんが。
どうしても周期的に気分が落ち込みやすいのです。

私自身、「自分は境界性人格障害なのではないか?」と思っていた時期がありました。
十代の頃です。
当時付き合っていた人を、すごく振り回していました。
疲れさせて申し訳なかったと思います。
こんな平坦な言葉では書ききれません。
“境界性人格障害者の手記”として発表しても形になるくらい、幸せだけれど壮絶な日々でした。

だんだん、こういう仕組みなのではないかと思うようになりました。
女は、凹です。欠けているのです。
だからいつも欠落感と所在なさで、不安なのです。

子どもができて一人前、と昔の人は言いましたが、当たっていると思います。
子どもができたお母さんは、その状態がずっと続くわけではありませんが、本当に幸せだと声をそろえて言います。
ようやく凹の欠けた部分が埋められるのです。

やはり女は、ひとりではその欠落を埋めることは難しいのです。
男の人をものすごく愛したり、
趣味や仕事に没頭したり、
子どものことで頭をいっぱいにしたり、
中毒的に依存できる対象を、何らかの形で持っています。

男の人も、デリケートでいろいろ大変だけれども、
彼らの場合、凸ですから、
でっぱった部分が人と比べてどうなのかを気にしているのだと思います。
身体能力、頭脳、男としての魅力、
それらが社会の中でどのような立ち位置にあるのか。
そのような優越感と劣等感に支配されているのではないかと予想します。

メンヘラ、メンヘラ、と、精神が不安定な人を叩きますが、
叩いている方々も、精神が不安定にあることもあるでしょう。
人間、みんな不完全ですよ。
自分は完璧だ、という人なんて、信用なりません。

その不完全さを認めて、受け入れるのが、“愛”ではないでしょうか。
人は、ひとりひとり違っています。
極端な言い方をすれば、全員病んで、歪んでいます。
そんな歪な人間たちの集まりが、この社会です。

男も女も、人間みんな、
ひとりでは不完全なのです。
だから求め合う。
コミュニティを形成する。
そうして、世界の調和はようやく保たれるのです。

自分だけで完全だというのは、思い上がりでしょう。

それに、極端なメンヘラ状態であっても、
いつかは出口があります。
道は開けてきます。
光が差す日が来ます。
私自身、今生きているのが不思議なくらい、真っ暗なトンネルに閉ざされていました。出口は死しかない、と思っていました。
でも、こうして、図々しく生きている。
それでいいのだと思います。

それに、この世からメンヘラ的要素を持つ人がいなくなれば、
素晴らしい文学も、素晴らしい小説も、
素晴らしい絵画も、素晴らしい歌も、
みんな生まれません。
国語の教科書から小説や詩がなくなり、
美術や音楽の授業だってなくなってしまうかもしれません。

人間とは複雑です。
不安に襲われるからこそ、芸術も生まれた。
メンヘラ的要素の持つ人から、目を離せなくなるような妙な魅力が出ているのも事実です。
あれは不思議です。
どんな人でも恋に落ちてしまう魅力的な女性が、精神的に不安定な一面を持つというのは、昔からよくある話です。

不完全だからこそ、広がる世界もある。
不完全だからこそ、普段は見えない世界もある。

私も不完全だし、
友人も、親も、みんな完璧ではない。
それらを認めて、愛してゆくことが、
愛に溢れた素晴らしい人生になると、
信じています。

もうファシズムでも、画一的な価値観に縛られた時代でもないのだから、
大手を振って、堂々と生きてゆけばいいのだと思います。
笑顔でいられることが、いちばん。

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春なのに

少し前、妙に浮かれていた。
車の運転中も、薄ら笑いを浮かべていた。

春だから、本当に気分良かった。

春であるということだけで、笑いが止まらないなんて、
5月になるとひとりでに歌いだしてしまう青女ではないか。

本当ならば、ずっと笑ったままでいたいのだけど、
それだと笑いに有難味がない。
ずっとベストコンディションでいられるわけではないのです。

でも、春だからと笑いが止まらないでいた頃は、
私は一人でも生きてゆける!と思った。
気分は最強だった。

これも一種の魔境ですね。
自分の力を過信すること。
自信を持ったり、失ったり。
そんなことの繰り返しです。

とある婦人を客人として迎えた。
結婚によって人生がガラリと変わった方だ。
旦那様は16年ほど前に亡くなっている。

数年前より、私に「良いご縁がありますように」と言って下さる。
その言い方に嫌みが感じられないのが、そのご婦人の徳の高さを伺わせる。

「嫌なことがあったら、お止めになんなさい。
そうやって、のらりくらりと生きてゆくと、
こんなに長生きできますのよ。」

そんな風にして長く生きられるなんて、
私には想像もつかない。

京美人という言葉がぴったりの、素敵なご婦人だといつも思う。
京都弁はすっかり抜けているけれど、
とても上品にお話しになる。

先日から、初物の筍を頂いております。
我が家の竹藪で掘られたものです。
先端の柔らかい部分が好きです。

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脱インテリ

人間が極限状態に陥った時、
最も弱い人種は何か。

それは、インテリである。

極限状態とは、食べるものはおろか、飲み水も確保が難しい状況のことである。
生き延びるために自分自身で必要なものを調達するより他ない、本当のサバイバルである。

そういう状況では、インテリは弱い。
というのは、インテリはとかく余分な瞑想やセンチメンタルな感情に陥りがちだからだ。

頭の働きがいいのである。
頭がいいから、感受性が豊かになるし、思想、瞑想、理論を頭の中で打ち出してくるのだ。

でも、そんなものは極限状態では邪魔なだけである。
孤独に耐えるためには、それらは必要ない。
他人の肉を食らってでも生きてゆかねばならぬ極限状態では。
平和の思想や、理論を説いていては、自分が生き残れないからだ。

今の世は平和だ。
少なくとも日本は戦争状態ではない。
様々な問題があろうとも、とりあえず、事故や天災がなければ、明日死ぬことはない。

歴史上、有名なインテリの代表者と言えば、この人だ。
ゴータマ・シッダールタ。
この人は、釈迦族の王子であったゴータマは、29歳の時に生老病死の苦しみに胸を痛めて、出家した。
既に結婚しており、子どももいた。

インテリは、時として突飛な行動に出る。
周囲からは何事もなく見えたのに、突然自殺したりするのは、往々にしてインテリである。

インテリは感受性が強く、感じたことを頭の中で捏ね繰り回して、自分なりの理論を打ち立てる。
その過程を他者には説明しないから、周囲には突飛な行動と映る。

そして、インテリは挫折する。
インテリでなくても挫折はするが、インテリは挫折する理由が特になくても、挫折する。
世界のどこかで飢餓や貧困がなくならないとか、世界のどこかで戦争が起きているとか、ホームレスの姿を見たりするだけで、心を痛めて、挫折する。

よく言えば問題意識が強く、よりよい世界を築くための努力は惜しまない。
でも、自分自身の生を繋ぐことへの意識が足りていない。

もちろん、インテリと呼ばれる人の中には、自身がのし上がるためにしか頭の良さを使わない人もいる。
それはインテリではなく、狡猾な人間だ。
インテリは、その頭の良さを、他の誰かの為に使う。世界平和のために使う。それが真のインテリだ。

ゴータマは、妻子を捨てて、出家した。
結構、迷惑な行為だ。
しかし、それらのしがらみを捨てることによって、真の悟りを追求することができた。
インテリがその頭の良さを発揮するには、研究に費やすための十分な時間と環境が必要である。世俗から離れていることが望ましい。大学の研究室みたいだ。

それらの環境が確保できるのは、世の中が平和であることが大前提だ。
平和であるから、インテリは生き残れ、その力を発揮することができる。
本当のサバイバル状況下では、インテリは真っ先に絶滅する。

私は頭が弱いが、感受性が強く挫折しやすいという条件を満たしているという点では、インテリである。
以前、ある人に言われた。
「この子はな、できることなら働きたくないねん。働かずにずっと勉強していたいねん。」
人のことをズバズバ当ててくる人である。
あながち間違いではない。かなり的を得ている。
私は本を読んで思索をしたいし、日がな一日思索に耽っている。
哲学者という肩書が今でも通用するのであれば、哲学者がいちばん向いていると思う。
今日も“唯識”について考えていた。でも、そんなの、実社会で必要ないと思われて、全くアピールにならない。

インテリやめたいのに、インテリでしか生きてゆけない自分に腹が立つ。
だからこそ、考えすぎないこと、あるいは、考えなしにしてしまったと周囲が感知する行動に憧れを持つし、そうありたいと思う。
例えば、お金も家の宛てもないのに、子ども産んじゃったりとかね。
そういうのが、生きるエネルギーなんだと勘違いしている。

インテリやめたい。インテリは弱い。
太宰治も、芥川龍之介も、
三島由紀夫も、川端康成も、
みんな自殺してしまった。
インテリは、出口はもう死しかない、というところまで行き詰ってしまうらしい。

感情に支配されず、ただ淡々と毎日を送るには、
生活のための実行力が何より必要だ。
余計な瞑想は必要ない。
でも、それが正しい唯一の生き方だとも、思わない。

インテリではないインテリが生き残る道は?
結局は、自分で自分の道を切り開くより他ないのかもしれない。
奴隷道徳と超人哲学の狭間を行ったり来たりしながら。

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